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幸畑陸軍墓地と八甲田山雪中行軍遭難資料館

地図とアクセス

八甲田山雪中行軍遭難事件は、1902年(明治35年)1月、日本陸軍の青森歩兵第5連隊が雪中行軍中に八甲田山中で遭難し、210名中199名が死亡した事件である。日本の冬季軍事訓練で最も多くの死傷者を出した事故であり、世界最大級の山岳遭難事故である。
また、数日違いで、八甲田山を雪中行軍した弘前歩兵第31連隊は、1人の犠牲者も出さず、これを踏破した。

1977年に、この事件を映画化した「八甲田山」で、北大路欣也の「天は我々を見放した」のセリフは当時の流行語になった。
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また、2014年に、小笠原孤酒の小説「八甲田連峰吹雪の惨劇」を原作として公開された、日本とイタリアの合作映画「ドキュメンタリー八甲田山」は、実際の遭難現場で遭難の同日同時刻に行われている。
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八甲田山雪中行軍遭難資料館は、八甲田山雪中行軍遭難事件に関する資料を展示した施設であり、雪中行軍遭難者の墓碑がある「幸畑陸軍墓地」の隣にある。


青森市内から八甲田山へ向かう県道40号線にある。八甲田山の北麓にあり、青森市から来ると丁度この辺りから坂になる。当然、八甲田山から来るよりも、青森市から来る方が楽。
幸畑陸軍墓地 入口

八甲田山雪中行軍遭難資料館

県道40号線に面した場所に八甲田山雪中行軍遭難資料館が見える。
幸畑陸軍墓地は奥にあるし、資料館にも行くので、資料館の駐車場に車を停めた。
八甲田山雪中行軍遭難資料館の桜並木

資料館は、遭難した歩兵第五連隊本部兵舎をイメージして平成16年にリニューアルオープンした。館内に入ると、雪中行軍遭難記念像のレプリカ像が迎えてくれる。
ロビーには八甲田や青森市の観光案内コーナーがあり、観光情報を検索できる。
八甲田山雪中行軍遭難資料館 全景

ロビー受付で観覧料260円を支払って入場する。中はゆったりとしている。
中央にはプロジェクターがあり、八甲田雪中行軍遭難事件のビデオを見て、事件について解説してくれる。
八甲田山雪中行軍遭難資料館 内部

遭難した日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊に関する資料だけでなく、同時に別のルートで雪中行軍に参加して全て生還した弘前歩兵第31連隊に関する資料も展示されていて、この2つの雪中行軍の違いについて解説してあった。
八甲田山雪中行軍遭難資料館 展示資料

遭難した日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊の雪中行軍訓練参加者の写真のパネルが並んでいる。写真が入手できなかったのか、名前のみのパネルもある。
八甲田山雪中行軍遭難者遺影

資料館を見学して一番印象に残ったのは、遭難した青森5連隊の責任者である、山口鋠少佐の死の謎だった。ピストル自殺説を否定して、陸軍による薬殺説が有力であるとしていたものだった。

幸畑陸軍墓地

幸畑陸軍墓地は、資料館の裏手にある。
墓地の入口まで桜が植えられていて、並木道になっている。
幸畑陸軍墓地 入口の桜並木

ここには、八甲田山雪中行軍で遭難した青森5連隊全員の墓碑がある。
遭難時に死亡した者から、生存者でその後戦死した者、昭和の時代の1970年に死去した最後の存命者までの墓碑で、一部の人はここに分骨されている。
幸畑陸軍墓地 正面

向って左右には、准士官、下士官合わせて189名と、その後の生存者11名の墓碑がある。
この墓碑が立てられた人のほとんどが、1度に遭難したとは…。
幸畑陸軍墓地 准士官と下士官の墓碑

運が良ければ、ボランティアのガイドが付いて、詳しく説明てくれる。
朝一番に来た甲斐があった。ガイドの方に声をかけてもらえたのでお願いした。
幸畑陸軍墓地 園内の桜

入口正面には山口少佐以下、士官10名の墓碑と、その後ろには明治天皇、昭憲皇太后両陛下による碑がある。
幸畑陸軍墓地 正面の墓碑

明治天皇の碑の前にある、青森5連隊の山口鋠少佐(左)と神成文吉大尉(右)の墓碑。
墓地の周りには多行松77株が取り囲むように植えられている。これらの松は、陸軍墓地造成当時に植えられたものだそうで、この大きさまで育つのは珍しいそうだ。
幸畑陸軍墓地 山口鋠少佐と神成文吉大尉の墓碑

青森市文化財史跡・天然記念物に指定されている。
八甲田の麓に眠る青森5連隊の魂を、多行松と桜が慰めるように囲んでいる。
幸畑陸軍墓地

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